眠っているあいだの「ギリギリ」という音だけが歯ぎしりではありません。音が出ない強い食いしばりや、日中の無意識な歯の接触習慣まで含めた“ブラキシズム”は、歯・歯ぐき・顎関節、そして睡眠の質にも影響します。
今回は、歯ぎしりの原因からリスク、歯科でできる評価と治療、今日からのセルフケアまでをやさしく解説します。
歯ぎしりとは何か?
歯ぎしりは、無意識のうちに歯をこすり合わせたり強く噛みしめたり、歯を小刻みに打ち鳴らす動きの総称で、医療では「ブラキシズム」と呼ばれます。長く続くと歯や歯ぐき、顎関節に負担がかかるため、早めに状態を把握することが大切です。
睡眠時と日中で違う
睡眠時の歯ぎしりは、浅い眠りのタイミングで生じやすく、本人は自覚しにくいのが特徴です。起床時の顎のだるさやこめかみの張り、家族からの「音」の指摘が手がかりになります。
日中の歯ぎしりは、集中・緊張・姿勢の崩れなどをきっかけに上下の歯が触れ続ける状態が続くもので、音は出にくい反面、歯や筋肉に持続的な負担がかかります。
音がしないタイプにも要注意
「ギリギリ」という音がしない静かな食いしばりでも、歯や顎への影響は無視できません。強い力が繰り返しかかると、歯の表面が平らになったり、ヒビが入ったり、知覚過敏が出やすくなります。朝のこわばりや、長時間の作業後にこめかみや頬の筋肉が重く感じるときは、無意識の食いしばりが続いているサインかもしれません。
子どもにも起こる
子どもの歯ぎしりは、歯の生え替わりや顎の成長に伴って一時的に見られることがあり、多くは経過とともに落ち着きます。とはいえ、歯のすり減りが強い、顎が痛む、口が開けにくい、いびきが目立つなどの様子がある場合は、早めに歯科で確認すると安心です。
原因はストレスだけじゃない?歯ぎしりが起こる理由
歯ぎしり(ブラキシズム)は「性格」や「癖」だけで説明できる単純な現象ではありません。思い当たる要素を丁寧に洗い出し、複合的に整えていくことが改善への近道になります。
ストレス×自律神経
強いストレスや緊張が続くと交感神経が優位になり、全身の筋肉がこわばりやすくなります。顎を動かす筋肉も同じで、無意識の食いしばりや夜間の歯ぎしりとして現れます。日中に上下の歯が触れ続けるTCHも、忙しさや不安で自律神経が高ぶっているサインの一つです。
睡眠時無呼吸・いびき・浅い眠りとの関係
歯ぎしりは浅い眠りや微小覚醒のタイミングで起こりやすいとされ、いびきや睡眠時無呼吸があると睡眠が分断されて発生頻度が増えることがあります。夜間の大きないびき、寝汗、何度も目が覚める、日中の強い眠気といったサインがある場合は、睡眠そのものの評価も重要です。
噛み合わせ・顎関節の不調と治療後の違和感
上下の歯の当たり方に偏りがある、欠損や歯列不正がある、顎関節の動きが不安定。こうした条件がそろうと、顎が最も楽な位置を探そうとして無意識の食いしばりや擦り合わせが起こりやすくなります。詰め物・被せ物を入れた直後に「当たりが強い」「噛みにくい」と感じる違和感も誘因になりえます。
お酒・たばこ・カフェイン・薬の影響
就寝前の飲酒や大量のカフェイン摂取は睡眠の質を下げ、歯ぎしりを助長することがあります。喫煙や、一部の薬剤の副作用が関与する場合もあります。
虫歯・欠け・生え替わりなど口腔内の要因
虫歯や欠けて鋭縁になった歯、合っていない補綴物は、無意識に「ならそう」として歯をこすり合わせる誘因です。子どもの生え替わり期も噛み合わせが不安定になり、一時的な歯ぎしりが見られることがあります。
歯ぎしりが身体に与える影響
歯ぎしりは口の中だけの問題に見えますが、力のかかり方が偏ることで歯周組織や顎関節、筋肉、睡眠の質にまで波及します。症状は少しずつ進むため気づきにくく、気づいた時には治療が大掛かりになることもあります。
歯が削れる・割れる・抜けるリスク
強い擦り合わせや食いしばりが続くと、歯の表面のエナメル質がすり減り、象牙質が露出してしみやすくなります。一点に力が集中すると微小なヒビが入り、欠けや破折の原因になります。破折の位置や深さによっては保存が難しく、抜歯が必要になることもあるため、早期の予防が重要です。
歯周病が進む“咬合性外傷”
過剰な咬合力は歯ぐきや歯槽骨にも影響します。歯の周囲組織が力で傷つく状態を「咬合性外傷」と呼び、歯周病がある場合は進行を加速させる要因になります。
顎関節症を引き起こす危険性
顎関節や咀嚼筋に大きな負担がかかると、口を開けにくい、関節がカクカク鳴る、顎やこめかみが痛むといった顎関節症状が現れることがあります。
肩こり・頭痛・睡眠の質低下
食いしばりは側頭筋や咬筋だけでなく、首や肩の筋肉の緊張にもつながります。朝の頭重感や肩こり、集中力の低下は、夜間の筋緊張や浅い睡眠と関連することがあります。
被せ物・インプラントへの悪影響
セラミックなどの補綴物は強い横方向の力で欠けたり外れたりしやすくなります。ブリッジでは支えている歯に過重がかかり、寿命を縮めることがあります。インプラントはクッション機構が少ないため、過大な力が骨や周囲組織に直接伝わり、炎症や緩みのリスクが高まります。
これって歯ぎしり?見逃したくないサイン
歯ぎしりは自覚しにくい行動ですが、体や歯の小さな変化がヒントになります。
朝の顎のだるさ、頭が重い
起床時に顎がこわばる、口を開けにくい、こめかみが重いといった感覚は、夜間に筋肉へ負担がかかったサインです。数日続くようなら記録をつけ、受診時に伝えると評価に役立ちます。
家族に“音”を指摘された
寝ている間の「ギリギリ」「カチカチ」という音は、本人よりも同室の家族が気づきやすい変化です。指摘があった場合は、その頻度や時間帯、強さの印象も聞いておくと参考になります。
歯が平ら・欠けた・詰め物が外れる
前歯の先端が平らになってきた、奥歯の山が低くなった、歯にヒビが見える、詰め物が何度も外れるといった変化は、過大な力の兆候です。見た目の変化が軽くても、内部にダメージが蓄積していることがあるため、早めのチェックが安心です。
歯科医院でわかること
自己判断では見落としがちな「力のかかり方」やダメージの程度は、歯科での系統的な評価で客観的に把握できます。
咬合診査で“強く当たる場所”を特定
咬合紙やデジタル咬合分析などを使い、上下の歯がどの順番・どの強さで当たっているかを確認します。早期接触や偏った荷重が見つかれば、どの歯に負担が集中しているかが明らかになり、調整や補綴の見直しに直結します。
顎・筋肉・可動域のチェック
開口量、顎運動のスムーズさ、筋の圧痛、関節雑音の有無を評価し、顎関節症のリスクを見極めます。
咬耗・破折・補綴物の評価
歯のすり減り方、ヒビ(ラインクラック)、知覚過敏の有無、被せ物・詰め物の適合状態を総合的に確認します。外見上は小さくても内部にダメージが及んでいることがあるため、写真・レントゲン・必要に応じて拡大視野で記録し、経時的に比較します。
ナイトガード適応の判断
症状や歯の状態、噛み合わせを踏まえ、装置の種類や装着方法、調整計画を決めます。
対策は“三本柱”:守る・整える・変える
一つだけより、複合的に取り組むほど再発しにくくなります。
ナイトガードで歯と顎を守る
就寝時に上下の歯が直接ぶつからないようにして力を分散します。歯の摩耗や破折、補綴物の損傷、顎や筋肉の負担を減らすのが主目的です。歯ぎしりそのものを完全に止める装置ではないため、装置の咬合面設計と定期的な調整が重要です。
咬合調整・補綴見直し・必要なら矯正
高すぎる被せ物の調整、欠損部の補綴、噛み合わせのズレの是正などで力の偏りを減らします。歯列不正が大きい場合は矯正治療を検討することもあります。
食いしばり是正(TCH)とセルフケア
TCHを減らすため、日中は「唇は閉じる・歯は離す・舌は上顎に軽く当てる」を基本姿勢にします。PCやスマホにリマインダーを設定し、こめかみや頬の緊張に気づいたら一度深呼吸でリセットします。短時間でも毎日続けることが行動変容の近道です。
日常でできる歯ぎしり対策とは
医療的な対処に加え、日々の過ごし方を少し整えるだけでも負担は確実に減らせます。
ストレスを溜めない習慣づくり
就寝前は刺激の強い作業を避け、入浴や腹式呼吸、軽いストレッチで交感神経を落ち着かせます。カフェインは夕方以降を控え、飲酒による「寝つきの良さ」に頼らない工夫も有効です。
姿勢と寝る姿勢の見直しが鍵
日中の前傾・猫背は顎の筋緊張を高めます。画面は目線の高さ、椅子は骨盤が立つ高さ、歯は離す。の三点を意識しましょう。就寝時は仰向けを基本に、枕の高さを首がまっすぐ保てる設定に調整します。
日中の無意識の食いしばりを防ぐコツ
仕事や運転、スポーツ中は上下の歯が触れやすくなります。タイマーで1時間ごとに「歯を離す」の合図を作り、軽く唇を閉じて舌先を上顎に置く“安静位”を数呼吸キープします。水分をこまめに摂り、口腔乾燥を防ぐことも筋緊張の予防につながります。顎や側頭部のやさしいマッサージは、痛みのない範囲で行いましょう。
歯ぎしりは治せるリスク因子、歯科医へ相談してみることから始めよう
歯ぎしりは「癖」ではなく、歯の摩耗や破折、歯周病の進行、顎関節症、睡眠の質低下などにつながる“治せるリスク因子”です。適切に評価して対策を組み合わせれば負担は着実に減らせます。サインを見逃さず、歯科医へ相談してみることから始めましょう。
伴場歯科医院では、「噛み合わせ認定医」の資格を持つ院長が、咬み合わせのバランスや顎への負担もふまえた診療を行っています。お口の違和感や歯ぎしりのサインに気づいたら、放置せず早めにご相談ください。